山寺 後藤美術館所蔵 ヨーロッパ美術史の変遷
内覧会の模様2009.07.18 UP

7月17日(金)にメルシャン軽井沢美術館にて関係者や報道陣に向けた内覧会が行われた。
展覧会概要
ミレーやコローなどのバルビゾン派を中心に、ブルボン王朝の優美を伝えるロココの宮廷絵画、ヨーロッパ諸国の宗教画や風俗画、そして、アール・ヌーヴォーの清華であるガレとドームのガラス器まで、実にバラエティーに富んだ作品が展示される。
展覧会会期は7月18日(土)~11月29日(日)まで、メルシャン軽井沢美術館にて行われる。
展覧会会期は7月18日(土)~11月29日(日)まで、メルシャン軽井沢美術館にて行われる。
コメント

平田篤州さん
バルビゾン派の画家の皆さんは納得されていると思うのですが、(本展の)パンフレットに緑陰の会場と書かれていて、森と川と自然のメルシャン軽井沢美術館でのロケーションで本展覧会を行えることにメルシャン軽井沢美術館の皆様に感謝いたします。
この美術展の見所は、生きることの奥深さや美しさを感じ取ってもらえると思います。

岡部有治さん
本展覧会ではミレーやコローなどのバルビゾン派を中心に、ブルボン王朝の優美を伝えるロココの宮廷絵画、ヨーロッパ諸国の宗教画や風俗画といった名画とともに、18世紀から19世紀にかけての西洋美術の流れを辿ってまいりました。さらに、この度は、特別出品作品としてアール・ヌーヴォーの清華であるエミール・ガレとドーム兄弟のガラス作品もご覧いただけます。
ギャラリートーク

内覧会では、監修と務めた美術評論家の阿部信雄さんによるギャラリートークが行われた。

この展覧会では、フランス絵画の歴史を辿っていけます。
まず、ジャン=マルク・ナティエという画家は、18世紀を生きた画家で、ブルボン朝時代に宮廷画家として活躍していました。
(ナティエの)作品は、特定のモデルを神話時代(のイメージ)で描き、対称のオマージュとして描かれたものです。
理想化されたヨーロッパ美術の伝統は、神話や宗教画など、物語性のあるものを主体として描くという伝統がありました。
われわれの時代に向かってどのように変化していくのかということを、この展覧会で辿っていただければと思います。
まず、ジャン=マルク・ナティエという画家は、18世紀を生きた画家で、ブルボン朝時代に宮廷画家として活躍していました。
(ナティエの)作品は、特定のモデルを神話時代(のイメージ)で描き、対称のオマージュとして描かれたものです。
理想化されたヨーロッパ美術の伝統は、神話や宗教画など、物語性のあるものを主体として描くという伝統がありました。
われわれの時代に向かってどのように変化していくのかということを、この展覧会で辿っていただければと思います。


フランスのフォンテーヌブローの森の中にある小さな村に、ミレーとかコローとか様々な画家が移り住み、田園の中で暮らしながら絵を描き始めた画家たちのことを、バルビゾン派といいます。
その頃、風景は神話などに登場する背景でしかありませんでしたが、風景そのものに美しさがあって、絵画として表現されるべき価値があるということを、フランスの19世紀の画家が発見しました。
その発見者の一人がコローであり、その他のバルビゾン派の画家たちでした。
また、ミレーは理想化されて描かれた人物ではなく、自分の身近で労働の厳しさ、喜び、苦しみをわかち合うような人々の姿を描きました。
それまで、絵画を偉大な人物を素晴らしい完成度を持った様式で描くことが絵画の究極の姿であったと言う時代がありました。
その時代に、コローは風景を発見し、ミレーは労働する人間の価値を発見し、そして、絵画が民主化されて我々も絵画に登場できるようになった。そこに新しい時代に向かう息吹を見て取れます。
その頃、風景は神話などに登場する背景でしかありませんでしたが、風景そのものに美しさがあって、絵画として表現されるべき価値があるということを、フランスの19世紀の画家が発見しました。
その発見者の一人がコローであり、その他のバルビゾン派の画家たちでした。
また、ミレーは理想化されて描かれた人物ではなく、自分の身近で労働の厳しさ、喜び、苦しみをわかち合うような人々の姿を描きました。
それまで、絵画を偉大な人物を素晴らしい完成度を持った様式で描くことが絵画の究極の姿であったと言う時代がありました。
その時代に、コローは風景を発見し、ミレーは労働する人間の価値を発見し、そして、絵画が民主化されて我々も絵画に登場できるようになった。そこに新しい時代に向かう息吹を見て取れます。

また、本展覧会で特別出品としてエミール・ガレ、ドーム兄弟のガラス器が展示されています。
彼らの作品の中に、日本主義というものが非常に強く反映されるようになったと言われています。
作品は、ヨーロッパの人々が知らなかったような、植物を文様として使うセンスとか、色彩の感覚とか日本主義と言うものを背景にしてできているものです。
